奥泉和也がクラゲ飼育技術の開発者!クラゲの神様と加茂水族館立て直しへ!情熱大陸

いつもご覧いただきありがとうございます!

今回は、以前紹介しましたクラゲで有名な

加茂水族館

の館長を務めている奥泉和也さん

の特集が情熱大陸で放送されます!

加茂水族館を村上龍男さんと二人三脚で

立て直した奥泉和也さんの経歴など、

調べてみました!

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奥泉和也さんの経歴は?

奥泉和也さんは1964年生まれで山形県

の出身。

1983年に高校卒業後、加茂水族館に

アシカ飼育員として勤務をはじめます。

1997年に後述するクラゲ飼育に関する

発見をきっかけにクラゲ担当になり、

1998年に飼育課長へ。

関連画像

以降、クラゲ飼育を通して加茂水族館の

復活に尽力し、2007年に副館長に就任。

2015年には長年館長を務めた村上龍男さん

の後任として館長に就任します。

その間、クラゲ飼育に関する実績から

数々の賞の受賞、講演、執筆など

多方面で活躍されています!

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改めて加茂水族館について

加茂水族館は1930年(昭和5年)に民間の水族館と

してスタートを切ります。

1960年代中頃までは年間20万人前後の

安定した入場者数を誇っていましたが、

1967年に地域を巻き込んだ大型観光

開発構想に組み込まれる形で、

市から第三セクター会社に売却。

その後、その会社は倒産、水族館の経営は

東京の商社に引き継がれるも、経営難へ。

2002年には鶴岡市に買い戻されるものの、

年間入館者数が10万人を切るなど低迷が

続いてしまいます。

そんな中、若干27歳で館長に就任した村上龍男

さんは、規模も小さく資金力もない中、様々な

企画展示を試みますが、うまくいかず。

もはやなすすべなし、のところまで進んで

しまいます。

そんな時、偶然にもある発見をしたことで、

再起につながっていきます!

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きっかけは偶然発見!最後の悪あがきが起死回生へ!

偶然の発見とは、

この年の企画のサンゴ展の水槽で

たまたまクラゲが泳いでいるのを発見!

それを展示したところ、お客さんは思いのほか

喜んでくれたことに気づきます!

ここでの発見とは、

企画展の準備をしていた飼育員が、

サンゴの水槽から小さな生き物が

泳ぎ出すのを偶然見つけた

というもの。

実はこの発見者が奥泉和也さん。

「これは何だ」としらべたところ、

サカサクラゲの赤ちゃんだ!

ということが判明。

なんとサンゴにくっついていたものが

繁殖したようだ。

さっそく餌をやったところ、500円玉

くらいの大きさに成長。

ならば!と、それらを展示してみたところ、

お客さんは大喜び!

水槽を見つめる笑顔に初めて手ごたえを実感!

ここから、クラゲに特化した加茂水族館の復活

がスタートしていくこととなります!

ここで、重要なポイントがあります。

それは、クラゲに着目した理由。

(過去のNHK視点・論点 より)

~~~

まずはクラゲの育て方を聞き、2ヶ月

ほどで500円玉くらいまで成長させ

展示することができました。

驚いたことに、お客様は他の水槽の

3倍から5倍も長くクラゲ水槽の前に

止まっていたのです。

クラゲの魅力に気がついた我々は、

手探りで他のクラゲの飼育も始めました。

ところが、ミズクラゲなど泳ぐクラゲを

捕まえてきても体に空気が入ったり、

排水溝に吸い込まれたりして上手に

飼うことができませんでした。

~~~

この、3~5倍長く足を止める!

という点に着目し、

クラゲが集客力として見込める!

と判断して、飼育方法の試行錯誤に

労力を費やす理由になったようです!

ここから、奥泉和也さんだけでなく、

当時の館長や職員の方々の凄まじい

努力とアイデアの積み重ねで、

今日の飼育種類数ギネス認定などに

つながっていくのですね!

最後に、加茂水族館のクラゲ特化の先導

として長年館長を務めた村上龍男さんの記事

も併せてご覧ください!

お読みいただきありがとうございました!

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